隠れ異邦人の休憩室
佐々木菜々子
もし、職場でみんながフツウと思っていることに、あなただけが、あれっと不思議に思うことがあるとしたら、それもたま〜にではなく、ひんぱんにあるとしたら、あなたには異邦人の血が流れているのかもしれない。
どうも、自分はみんなと同化できない、どこかアウトサイダーだ、この場所はなんだか自分には座りが悪いと感じていたら、あなたは少しだけ異邦人なのかもしれない。(座りが悪くても、これが自分の椅子だと思っている人はたくさんいますからね。こういう人は異邦人ではありません。)
つねに出稼ぎ労働者のような気分、周囲とのズレ、同化できていない自分をはっきり自覚していたら、あなたはすでに異邦人だ。
あなたはときどき観客になり、自分を含む周囲のできごとを摩訶不思議で不条理だと感じる。そうだ!自分という登場人物を観ながらあなたは思う。自分はここでは異邦人なのだ、郷に入れば郷に従えでそうしているけど、どこかにもっと自分に馴染む場所があるはずだ、自分はいずれそこへ行くことになるだろうと思っていたら、あなたはアクティヴな異邦人だ。
もう、同化できるとかできないとかの問題を超越して、そこから脱出する準備を始めたら、あなたは異邦人をやめ、旅人となる。
とりあえず、ここはまだ旅立つまでには至っていない隠れ異邦人の休憩室。
まったり、いきましょう。
本題に入るまえに、この休憩室に出没する登場人物に「隠れ異邦人」がいますが、それは特定される人物ではなく、ひとつの寓意でしかありません。男かもしれないし女かもしれない。中高年かもしれないし、若者かもしれない。
また、この休憩室で語る人々は、一人称、三人称、自在変化です。
一人称ですら、そこでいう「わたし」は特定される人物とは限りません。
佐々木菜々子?そんな人物は、とりあえず筆者の欄に貼り付けてある名前にすぎません。
そうです、これらはすべてフィクションなのです。
今の生活を物語として語り、いったん虚構の中に放り込むこと、虚構に閉じ込められた世界はすでに別世界=異国となり、その外側にいるあなた=異邦人は、その物語を読むことで、異邦人たる立場の優位性と悦びを感じることができるかもしれません。

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